★天使回廊からの夢☆

 
「ただの人間には興味ありません。宇宙人,未来人,異世界人、超能力者がいたら、私のところに来なさい!以上。」
−この21世紀初頭の涼宮ハルヒのメッセージは,地球の意識を先鋭化した形で代弁しており,
形のない光のネットワーク形成を呼びかけていると感じます。
地球はアセンションして新宇宙の無限水平ステージに軌道変容しようとしている。
ハート地球の胎動が聞こえて来,ワクワクドキドキとしませんか☆ 

『緑川玲◇Twitter☆』は、右サイドフリースペース RECOMMEND のすぐ下にあります★

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私は純然たる光瀬龍ファンで、萩尾のファンではなかったので、
(「スターレッド」「海のアリア」程度はコスミック・スピリチュアル要素を萩尾なりに消化し現しているので評価。)
今回読み直して初めて『百億の昼と千億の夜』漫画には、独自の章題が付いていることを知った。

章題は、原作の倍程あり、舞台と展開が推測できる付け方になっている。
ただし宇宙叙事詩としては、原作の章題ほど詩的で魅力的なものはない。


光瀬龍 原作の『百億の昼と千億の夜』は、

序章
第1章 影絵の海
第2章 オリハルコン
第3章 弥勒
第4章 エレサレムより
第5章 喪える都市
第6章 新星雲紀
第7章 最後の人
第8章 遠い道

となっている。
―はぁぁ・・・なんとも言えない。宇宙世界黙示録的叙情性。
特に「第1章 影絵の海」
「第5章 喪える都市」
「第6章 新星雲紀」
などは、一流絵画や一流SFの題名にも匹敵する。
他の光瀬長編同様、完成度が高すぎて魅せられる章題だ。
この詩性を理解できる西洋人は、あまりいないだろう。

    

翻って、原作より約10年後に、漫画化された
萩尾望都マンガ の章題は・・・

序章 天地創造
第1章 アトランティス幻想
第2章 悉達多
第3章 梵天 帝釈天
第4章 阿修羅
第5章 弥勒
第6章 ユダとキリスト
第7章 ゴルゴダの奇跡
第8章 トーキョー・シティー
第9章 戦士たち
第10章 “シ”を追う
第11章 ゼン・ゼン・シティー
第12章 コンパートメント
第13章 ユダの目覚め
第14章 トバツ市で待つもの
第15章 摩尼宝殿入り口
第16章 アスタータ50
第17章 幻の軍勢
第18章 遠い道
終章 百億の昼と千億の夜

となっており、上のように、章題は、原作の倍程あり、舞台と展開が推測できる付け方だ。
仏伝の勉強にもなり、そこにSF的都市名やキリスト名があり、渾然一体と、日本的な融和した章題が一覧として並んでいる。

ゆっくりと読み、堪能して、奥深い世界観に浸りたい。

  







| 18:57 | ロマン | comments(0) | trackbacks(0) |
シャンバラ―中央アジア奥地に聖なる楽園を求めて (1979年)

シャンバラの賢人、偉大なマハトマ・モリヤに

序文

役者まえがき
昭和53年12月20日 遠山峻征

第一章 神々の谷の伝説
■神話は歴史的事実の仮面である
■崑崙山中の理想郷―西王母の国
■清朝の皇帝は西方へ奇妙な使節団を送った

第二章 シャンバラへの憧憬
■神秘の都はシャンバラと呼ばれる
■地図にのこるシャンバラという地名
■パンチェン・ラマの神秘的な術
■マハトマ・モリヤの手紙
■シャンバラの掟―望まれざるもの入るべからず
■雪男、地下トンネル、超科学
■UFOはシャンバラのしるしなのか?
■漁師は洞窟の奥に何を見たのか?
■妖精ナーガは地下世界パタラから出て空を飛ぶ
■超人マハトマあるいはアールハットについて
■チベット、モンゴルに根強いシャンバラ憧憬
■シャンバラへに住む賢者たちの生活
■人類が自然の友となるのは、いつの日か?
■宇宙進化の概念と輪廻転生の法則
■地球的規模の仕事に取り組むシャンバラの賢者たち
■レーリッヒはシャンバラの白い標柱を見た
■時間と空間を超越した秘密の存在



第三章 果てしなき砂漠をこえて
■中央アジアには原住民がタブー視する地域がある
■シャンバラの住民たちはときどき外の世界にやって来る
■天からもたらされた霊石チンタマニ
■チンタマニは国際連盟の成立を助けた
■レーリッヒはルン・タに乗って宇宙旅行をした?
■十四世紀にシャンバラ共同体の合併が行われた

第四章 神秘の科学カラチャクラ
■神秘科学の根源―カラチャクラ
■カラチャクラはシャンバラからもたらされた
■チベット暦はカラチャクラ伝来の年にはじまる
■カラチャクラによる奇跡
■カラチャクラの秘密は宇宙的力の掌握


第五章 ロシア人と白い湖の国
■白い湖の国―ペロヴォディィェの伝承
■ペロヴォディィェを訪れた人々
■セルギウス神父の探検

第六章 光の使者たち
■人類の意識変革を援助する光の祭司たち
■クリシュナはアヴァタールの法を示した
■シャカは宇宙の哲学を世界に開示した
■イエスの革命性と教会の体制内化
■キリストの知られざる生涯
■ネール元首相もインドのキリストについて語った
■預言者の役割―モーゼとマホメット
■宗教は人類のためにある


第七章 プレスター・ジョンの国
■プレスター・ジョンの手紙
■驚異と魔法の王国
■聖杯伝説とタンタマニ

第八章 世界を変革した愛の結社
■秘密教義と秘密結社
■テンプル騎士団と東洋的智
■テンプル騎士団を弾圧した教皇は変死した
■知識の扉はいまや世界に開かれている―バラ十字会
■本物のメーソン運動はチベットからロシアにやってきた
■テンプル騎士団、バラ十字会とフリーメイソン
■パラケルススとニコラス・フラメル
■ブラバツキー夫人と神智学


第九章 サン・ジェルマン伯爵
■十八世紀フランスに現われたふしぎな人物
■平和のための外交活動と周辺の無理解
■サン・ジェルマンとフリーメーソン結社
■フランス革命の悲劇はなにに起因するか?
■シャンバラから使者サン・ジェルマン

第十章 歴史の中の輝き
■アメリカ建国に対するシャンバラの援助
■シャンバラから労働者国家への挨拶
■文化赤十字とレーリッヒ平和協定
■国連に現われた謎の東洋人


第十一章 ラマ寺院での対話
■ラマ寺院をたずねて
■無限無時間の宇宙との合一体験
■金星女神ターラーの涙
■地球は病んでいる、人類の悪しき考えによって
■マラ=ルシフェルの野望との戦い
■人類への最後通牒が発せられる
■光か闇か―人類の選択
■エジプトの秘密が暴かれるとき
■マイトレーヤの降臨は近い

第十二章 闇の時代から光の時代へ
■未来予知の合法則性
■光と闇の戦い
■下サル・カンの叙事詩は語る
■最後のダライ・ラマに関する予言
■破壊者を破壊するカルキ・アヴァタールの到来
■ティシュヤの星とラジャ・サン


第十三章 母なる自然との調和
■なにをなすべきか?
■世界政府と軍備撤廃へのプログラム

付録
■シャンパラの国とその支配者
■人類の過去と未来

解説(武田益尚)
聖なる中心としての「地下都市」



関連記事卍

ムー4月号特集:「…暗黒天体ラジャサン」飛鳥昭雄氏の先見の明は、
 最新宇宙秘密情報と伝統あるシャンバラの真実を一つに繋げた!(3/10/2013)


理想郷シャングリラ は,シャンバラ伝 説から生まれたのではない か☆ (2010/07/01)

シャ ンバラと地下王 国を知りたくば、 これらを読み、聴き、見て知れ卍 (11/18/2013)






| 15:54 | ロマン | comments(0) | trackbacks(0) |
☆オリジナル画像集♡
| 00:20 | ロマン | comments(0) | trackbacks(0) |
イメージを愛する。地上に現象化するには、強烈なイメージが必要らしい。しかし私の精神は、物質波動に近い強烈でリアルなイメージは求めていない。
微かな直感ですべてを判別できるから。
ただ強烈なイメージがあった方が便利だなと思うことはある。
人に説明する時。
人は微かな物より、物質的な五感で確認を求めるからだ。
それを宗教では奇跡というが、奇跡の信者は奇跡がなくなると離れてゆく。
―そう、真理ではなく奇跡のマニアなのだ。

詩や芸術やカードなどの、特徴あるユニークな単語や絵やデザインの組み合わせは、時に強いシンボルのようなイメージの花火を上げる。
それこそ、
エーテル界の花だ。
次元が上昇すれば、エーテル界の強いシンボルたちは、別に強烈にイメージを思い描かなくとも、世界に、眼前に顕現することができる。
 
次元の上昇には、波動や周波数の理解が不可欠だ。
ただ我武者羅に宗教やスピの語句を振り回して一方的に波動が美しく純粋になることはない。
イメージとしての美しいシンボルを思い描き、親しみを持つこと
そしてそれと自らが調和し融合すること
―これに尽きる。

イメージは初歩であり、奥義でもある。
イメージは宇宙の真実への架け橋でもある。
 
イメージの初歩のコントロールは、オラクルカードやタロットカードなどが有効らしい。
自らの心の内でイメージの火花を想像し創造して、羽化シック(アカシック)意識に焼き付ける心象の働きがまだ苦手な人は・・・。
 
4月3日など、もはや私にとってどうでもいいことだ。
4月2日の方がステキな日になるのかもしれない。
ただ過去の重圧というのは、完全に再生し、新生しない限りはある程度はある。しかし限りなく小さくすることはできる。
 
私は の奴隷だった。
私ほど利用しやすい心根の人間はそういなかっただろう。
しかしもう宗教やスピ天使たちに巧く利用されることはない。
 
私は宇宙で自立した大人になるからだ。
―その時、偽りの という影は消える。
 
そして、どこまでも無限にフラットなネットワークの世界が現れる。
これまでの世界像は、霊的な階層を含めて、すべて消滅する。
そして、宇宙は全く新しく新生する。
 
イメージに過ぎないという霊に、宇宙の真実は全く見えていない。
支配被支配の階層世界という牢獄が見えているだけ。
いや、過去の住人にとってはそこが現在なのだろう…。

自ら新しい世界を希求しない存在に、新しい世界が訪れることは絶対にない。
過去の構成因子となって、階層の一部として枠付けられ繋ぎとめられた存在は、どんなに地位(霊格)が高かろうと、私には階層世界に定義付けられてしまった奴隷にしか見えない。
 
新しい世界を、地上に生まれて私はずっと思い描いている。
それは、新宇宙のブループリントとして、キャンバスとしてあったことを、私は生まれて初めて知った。
古い階層世界の地位者は、それを危険と見るのだろう。
自らの権力や特権を失いたくないから。

しかし宇宙は間違いなく、新しい宇宙構成を設計し、生み出そうとしている。
諸々の出来事によりそれを確信するに至った。
私のイメージとは、新しい宇宙のブループリントで、感性による設計図だった。

 
4月3日の私にとっての佳き日に☆






| 00:33 | ロマン | comments(0) | trackbacks(0) |

10月5日、スティーブ・ジョブスの死のニュースは、ついに来るべき日が来たという感じだった。
そんなに情報意識しなくても、数年前より芳しくなく新製品発表イベントではここ1,2年出て来なかったことは記憶に残っていた。
私はAppleの信者ではなく、初めて触った本格的OSは、Windows3.1だったために、95や98やMeの登場にいつも期待し利用していた。
しかしMeの時代に現れたWindowsでは決してあり得ないデザインと操作性を備えた全く新しいOS—それが、コードネームRhapsodyラプソディー
全く新しいMac OS X10.0であった。


奇しくも亡くなられる一週間前に出たばかりの歴史的スピーチをまとめたMacPeople誌2011/11月号の別冊子付録!


その水色とホワイトのエアリアルなスブライトデザインは、2000年の新世紀の開幕にあたって、確かにOSの未来に続くビジョンを予感させた。
Aquaインターフェイスと呼ばれ、実際のシステムは、UNIXカーネルのDarwinというコアブログラムが用いられている。

当時前後はずっと仕事でUNIXサーバを利用していたため、ターミナルでUNIXコマンドを打てることへの親近感も持つことができた。

そして、紆余曲折はあったが、あまり目覚ましい進歩の感じられない2000/XPから徐々に私のメインOSは、OS Xへと移行していった。

そして、長年親しんできたWinに劣らない利便さをほぼ引き出せるようになったが、やはり細かい所は、特にアブリの機能などは、Winの多種豊富さに未だに長がある。
しかしその一部の不便さを余しても、あまりWinに戻りたいとは思わなくなっている。それもここ2,3年で。

それは、どうしてなのかわからないが、どうしてもWinを使う必要があれば、OSX上の仮想デスクトッブとしてほぼWinPCに近い操作性で利用することもできる。

winは、盛り沢山のてんこもりでなんでもそろっている大衆スーパーのような気がする。
しかしOSXは、必要最小限の機能のあるより専門的で高度なストイック性を帯びたOSという感じがある。
—それらはあくまでも私個人の極めて個人的な感覚でしかない。
そこの、ストイックな所に、私の魂は共鳴しているのかもしれない。
ジョブズはハングリーであれと最後に語っていたが、どこか繋がる点があるのかもしれない。

スティーブ・ジョブスが、OSXそのものをデザインしたわけでもなく、iMacやPowerBookそのものをデザインしたわけでもない。
しかし彼の先進的な感覚が、それらを世に出した事実は変わらない。

56歳という若さで病死したことは、若い頃以降の、奔放な仕事と好奇心、衝動一筋の生き方が、健康に返ってきていたのだろう。
精神世界求道者の立場としては、若い頃の禅やヒッピーの世界より、普遍的な真理を得て、それを生かして仕事されていたら、と無念・残念に思わざるを得ない。

多くの先進的で革新的な技術とアイデアを商業ベースで実用化し大ヒットさせた功績は、人類の物質文明から精神文明への端境期の一つの暗号を秘めた光として見える。

OSXは今後どの方向に進化するのだろうか?
MacBookは今後どの方向に進化するのだろうか?



そこに普遍的な精神性と、未来の宇宙ビジョンをもたらされることを、願ってやまない。
CEOを降りられた直後の死、
そして最新のOSX LIONも、宇宙のガスフレアから、アンドロメダっぽい見事な宇宙星雲に変わっていますよね。

ジョブスも魂の世界では、これから来る、いや向かうことになる宇宙の時代に、気付き先駆けていたのかもしれませんね。
ジョブス氏のスビリチュアル世界での休息と新たな活躍を心から祈念し、
素晴らしいシンプルな機器による生産性と楽しみと充実を与えてくれた功績と業績に、感謝を捧げます。



奇しくもMacPeople誌は、伝説のブレゼン—基調講演ヒストリーが豊富なジョブズのフォトと共に192ページカラーの別冊付録として付いていました。

1997から近年までのMacWorld EXPOなどでの在りし日の姿と当時の新製品を眺めていると、感無量になりました。
伝説となった2005話題のスタンフォード大での卒業式スピーチも収録されています。


Mac OS9以前時代からのApple信者でなく、決して今もApple信者ではない私も、1ユーザーとして、恩恵を受けている者として、Appleとスティーブの素晴らしい業績について、静かに喪に服し歴史や思い出について、いろいろと考えました。
Appleの神様スティーブ・ジョブス、ありがとう! ・・・地上での大活躍たいへんお疲れご苦労様でした。
・・・これからスピリチュアルな世界より、人類の進化を見守りサポートしてくださることを願い、宇宙での幸福を祈り感謝します。


                       玲 緑

| 00:09 | ロマン | comments(0) | trackbacks(0) |


 
 少女のロマンティックな夢ややすらぎ,幸せの夢想が,
素直な絵で表されています。
 子供の頃の幸せ感を再び味わい,癒されたい人に・・・☆


 きたのじゅんこさんよりも現実的な画風ですが,
決して俗的な人間味は感じさせません。
 子供の清らかさ,美しさを大切にしているからでしょう。


   − + − ★ − + − ☆ − + − ★ − + −
      聖画を感じることは、魂の癒しです


 
 子供の頃の清らかな夢は,人間の魂の一つの原点へと通じている。

 上の表紙は,どこか西洋の聖画を彷彿とさせられます。
 そして美の天使の臨在を,観る人に感じさせてくださいます☆

 '96/8 定価2200円 絶版・・・



− + − ★ − + − ☆ −

 

「☆空の天使回廊★」森の天使館 へ — ★




| 17:16 | ロマン | comments(0) | trackbacks(0) |
評価:
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ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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(1999-10-22)

かねてから題名が気にかかっていた1930年代に作られた幻の大作映画,『LOST HORIZON/失はれた地平線』をDVDで遂に見ることがたできた。

世界大戦へ向けた不穏な時代の中国からのイギリス人脱出。
パイロットはなぜか中国人(モンゴル人)に入れ替わり,船のある上海へではなく奥地へと向かい,チベットの山中で燃料切れで墜落。あわや遭難かと思われた時,地元の民族が出迎え、秘境にあるラマ教寺院へと誘う。

そこは厳しい山脈に囲まれた盆地にある温暖な気候のユートピアだった。
私はここに,遥かなる昔より地元の民族に、近隣の国々に延々と伝えられて来た伝説の理想郷,シャンバラの面影を見た。

世界を征服の意欲に燃えた西洋人などが,好奇心と探検欲に満たされて年月をかけて探索したアジアの秘境、チベットの奥地,ゴビ砂漠の彼方・・・
選ばれた人しか、決してそこに至る入口を見つけることができないと言われる伝説の理想郷をモチーフとして,作者による小説が書かれ,それに共鳴した監督や映画会社により大作映画として作られたのだろう。

小説映画での理想郷の名は、「シャングリラ(シャングリ・ラ)」。
一般的にはこの小説映画の理想郷から生まれたとされているが,実際の語源は遥かな昔に遡るかもしれない。
私の敬愛するSF作家の光瀬龍が,「喪われた都市の記録」などで紀元前の旧約の時代のオリエントな古代都市の舞台として登場させ,
かの精神世界に片足入ったSFアニメの大御所総監督富野由悠季が、最初のガンダム(ファースト・ガンダムと呼ばれてるらしい、最初のガンダムでいいのに)の地球連邦軍が南米アマゾンに作った中心基地をネーミングしようと考えた名でもある。結局誰かから怒られて,「ジャブロー」というにた名称に変えたそうだが…怒ったバカは誰なんだろう。※その後のガンダムでは,アーガマ(原始仏典)やケイト・ブッシュ(スピリチュアルでオルタナティブな神秘的歌手)、メタトロン(カバラでの大天使名)やエンジェル・ハィロゥ(天使の輪の後光)などの極めて宗教的スピリチュアルなネーミングを物語世界に登場させている。そして遂にガンダムZZで、以前叱った奴の悪影響から脱したのか,シャングリラというスペースコロニーからZZのガンダム回天の物語を開始させている!

また日本が世界に誇る良質POPSでは、「異邦人」のスピリチュアル・シンガー久保田早紀が,2枚目のコスミックなアルバム「天界」(1980発)の1曲目に配した素晴らしい曲で、冒頭幻の理想郷への憧憬と愛の輪廻を絡ませて歌われている、感動的な曲の題にもなっている(歌詞はこちら)

それら理想郷の一つの名詞として憧れ続けられているシャングリラは,映画では数千人の善良な人々の住まう世界で,そこには争いも犯罪も極端も怠惰も電気的文明の利器もないが、適度な幸福を実現して調和と節制のうちに暮らしている。
そこの生活の代表者である中国人?のチャンは,そこに住まう人々のあり方や道徳を切々と招いた数人の西洋人に説明するが,素直に理解する人もいれば,あまりに生存競争の世界に生きた人はかけ離れたその世界に疑念と不審に取ってしまう。
そして数人のイギリス人たちは,元の世界に帰れる日を待ち,近隣の隊商が到着するまで、それぞれの生き甲斐や役割をシャングリラで見つけ生きていこうする。しかし疑問を持つ人のせいで、遂に主人公はこの世界の精神であるラマ高僧と面会を許され,彼がここに導かれた秘密などを教えられ、驚嘆しつつ納得する。しかし主人公の弟はその世界に我慢できずに早い脱出を試み,事件が発生する。そしてドラマチックな秘境に遭難し招かれた人たちのクライマックスの物語がやがて到来する。

私が興味を持ったのは,この映画の理想郷シャングリラの縁起成立について。
それは元々太古からあったものではなく,招かれた少し後に案内役のチャンより聞かされるが,この山岳地帯に迷い込んで九死に一生を得地元民族に助けられたベルギー人の子供から始まったとのこと。生き残った子供が叡智の光に照らされて,やがてラマ高僧となり、理想的な暮らしを始めるようになったらしい。
ここらへんが、原作ではもっと詳しく書かれているのではないかと思うが,20世紀になろうかという時代の,西洋人の視点や概念が入っているのだろうか。

数世紀前より南米やアフリカは言うに及ばず,東南アジア各国を次々と植民地支配して来た西洋列強が,それらの都市や周辺部ではなく,奥地の未開の地に、未だ見ぬロマンと神秘を抱いていた。そこには太古からの秘教民族の生活する理想郷があると聞いたが,それを最低限の理想的世界として描くためには,西洋の善き人が賢者となって存在しなければならない  という考えがあったのだろうか。

劇中での彼(ラマ高僧)の存在は,20世紀初頭以降の大国を中心とする世界がパワーゲーム、戦争,人殺しへと向かってゆく危機を予測しており,そのため世界の文化財や美術品を集め隠しているとも語っており,西洋の論理を超えた賢者として描かれているのは確かであった。

遭難し招かれた人々は,シャングリラの世界を見聞し,歓待を受け、真実を聞かされても,やはり西洋民族の論理や生活感とは完全にかけ離れていた面もあっただろう。後半弟や以前から招かれていた西洋女性と共に脱出するが,学者や実業家は生き甲斐ある仕事を見つけまだ当分残留してもよいことを選択する。そして主人公の行動によるクライマックスの行程と最後の結末は,これまでの名作映画,世界の伝統的恋愛ドラマと見間違う程の感動的な出来映えとシャングリラのロマンの余韻を残して終わった。
紛うことなき名作であり,感動的なミステリーロマン大作であった。また冒頭の戦争による人々の混乱とパニックが生々しく描かれていた点も評価できる。その対比として人類の一つの理想的な社会を呈示している点が,ミソであり、他に類型映画は知らない。SF小説であればもしかしたらあるかもしれないが、よくある秘密結社ではなく少ない善良な世界なので,描ける作家は少ないだろう。


このシャングリラという理想郷は桃源郷でもあり,それは昔から世界各地で伝説としてその国や地域なりに語り継がれて来た物語としてもあり(西洋から東洋,日本、そして南米まで),それはまた現代では,地球よりもはるかに文明と精神の進んだ惑星,星の世界での理想郷を実現した惑星に招かれて見聞したコンタクティーたちの話が,20世紀には複数体験記として語られ始めるようになった。
彼らの話では,その世界では地球から他にも招かれた人は何十人もおり,その内の幾ばくかは、その世界に定住している という話も聞く。
…それらはただの作り話とは私は到底思えないのだ。

中国の奥地,チベットのさらに奥の秘境にあるという伝説の理想郷、映画で描かれたシャングリラとほぼ重なる地域に,昔から語り継がれている楽園があり,その名をシャンバラと言う。(※諸説ありゴビ砂漠の地下にあるとも言われ、そこへの入口は複数ある。)
シャンバラの存在は,民間伝承では遥か昔の時代から周辺民族に美しい絵画と共に伝わってきているらしいが、精神世界では19世紀の神智学で明確に語られ始めた。世界に複数ある聖白色同胞団の中心拠点として確固として存在し人類の進化を見守り機能している。日本ではそれを啓発する世界の団体:神智学協会の日本ロッジがあり、1950/60年代から三浦関造氏が「神の化身」を初め、様々な神智学やシャンバラに言及した破壊力ある真理の書を竜王文庫として刊行していた。

また日本で唯一の一般向けUFO雑誌「UFOと宇宙」を'70年代から'80年代始めに出版し,途中から唯物思想に汚染され落ちたユニバース出版社からは,「シャンバラ 中央アジア奥地に聖なる楽園を求めて」というアンドルー・トマス著のまじめにシャンバラ伝説を探究した内容の翻訳本が1979年に出ていた。それはこの出版社の功績の一つだったと言えよう。

さらにM・ドーリル博士の体験などから得た、神智学に勝るとも劣らないレベルの高い真義シリーズや「エメラルド・タブレット」を次々と翻訳出版してきた霞が関書房の功績も忘れることはできない。

それらにとってシャンバラとは,理想郷でもあるが単なる理想郷以上の存在で,霊的宗教やスピリチュアリズムの語る天上界と役割として同意義であり,もしくはそれ以上の価値と存在感を有して,地球地下から宇宙の経綸や地球意識の下(もと)、表面人類を見守り指導している宇宙の進化法則に合致した芯(真)に親地球意識を体現した存在機関のようなものである。


20世紀末にはそれらシャンバラを語った出版は、一時下火になっていたが,21世紀に入り,再びシャンバラの意志は出版活動だけを通じてみても活発になってきている。
徳間書店の超智ライブラリー「超シャンバラ」「空洞地球」5次元文庫「地球内部を旅した男―オラフ・ヤンセンのシャンバラ・レポート」
等,また高橋信次師を認める世界のVIPたちと交流する国際的ジャーナリストでスピリチュアル・マザーでもある中丸薫氏の「空洞地球2012 Ver.」「UFOと地底人」等々の出版などによって,地球内部文明都市「シャンバラ」「アガルタ」は、その存在を眠れる地上物質世界の住民に気付きのメッセージを次々と放ち始めている。

シャンバラをシンボルとする人類の求めてきた理想郷は,確かに唯物文明と利己主義とエゴに汚染された人類にとっても、憧れの世界であり,そこに近づくには,何が必要で,何が遮るのか・・・ということを、「LOST HORIZON/失はれた地平線」は、物語で態度や案内,そして決断の運命として描いてくれている。人類を叡智とロマンの光で照らす、20世紀の偉大で素晴らしい人類の可能性を呈示した物語の発掘と言えるだろう。

人類の憧れてやまぬ理想郷,桃源郷は,秘境の地の奥に,また地球内部に確として存在し,そこは招かれた者、心清い者しか入ることはできないのだ。





| 19:21 | ロマン | comments(0) | trackbacks(0) |
〜 ★ 〜 ☆ 〜 ★ 〜 自然の進歩する在り方を考えさせてくれる,
 ヒロインの苦悩と甦りのファッタスティックな物語 〜 ★ 〜 ☆ 〜 ★ 〜


'80年代初頭に映画化され大ヒットした「風の谷のナウシカ」を思い出した。
現在でも数年に一度主に親子向けに劇場版アニメを送り出している宮崎アニメの最初の全国ヒット作品として認められている不朽の名作を。

'80年代初めの時点では,自然との共生という、当時ようやく言われ始めたエコロジーの考えを舞台の設定や物語の根底に取り入れた斬新な作品だった。
当時のSFアニメは、メカニカルものやロボットものサイボーグものや宇宙もの等、それまでに漫画やTVアニメでヒットしたものが多く劇場公開されていたが,その中でもナウシカのような未来の自然愛ものというのは,類似がほぼなく珍しかった。


ヒロインが少女であり,少女が森や自然の大切さに気付いて,それを決心の行動を起すことにより、多くの人々に思い出させるという物語の共通点。

この菅浩江による初期の作品は、遺伝子による生物の進化がテーマ設定としてあるが,それを特に科学的に説明しているわけではなく,数百年前の事件として道を誤ったヒロインの兄のおぞましい生態研究により生まれた自然に反する怪物や化け物や出来損ないたちの蠢き闊歩し人間を襲うおぞましい闇と化した世界の物語。
しかし内容が進むにつれ,そのようなネズミを喰う狂った巫女や村に表れた威圧的な戦士の正体が明らかになり,数百年前に道を誤ったヒロイン姉弟たちの世界への復讐と悔悟とやり直しの物語として,強大な化け物たちの支配者とそれに気付いて抵抗する無力だが心ある様々な境遇の人たちの戦いのファンタジー物語としての高まりを見せる。

やはりSFというよりは、ファンタジーである。(遺伝子がまだ今程一般化していない'80年代では,バイオ的SFとして十分通用しただろうが…)
発表当時は遺伝子の目的やそれにより生み出された化け物はSF的だったかもしれないが,基本的にファンタジー的ストーリーや世界設定の方が数段勝っているように感じられた。肉体が化物に変えられても人としての意識を保っていられるかどうか…が、一つの重要なキーポイントになっていたりするところも…。
そして感動的なラストは,一人の自然を解した少女が,数百年の悔悟より立ち直り、取り込んだ自然の力によって妖精の女王として甦り,自然の道を違えた闇の兄に初めて挑んでようやく勝ち取った自然の復権。


最後にシエラの取り戻した自然の智恵と力によって、自然の生物(さまざまな魚類の集まった)の擬人化した姿は,その設定に自然への敬愛の念が感じられ,ナウシカ世界では世界を滅亡させた巨神兵とは異なる疲弊した自然の摂理で発生したオウムの存在を、どこか思い起させるものがあった。

最後の戦いでヒロインの語る言葉は,作者の自然への見方をそのまま表したものだろう。
「ゆっくりと前後にゆらぎを繰り返しながら進歩していくのが本当の姿なのよ」(P268)

物語は,ゆらぎの森で限界値を超えたように突然変異したように姉弟に与えられた自然の認識と支配能力…そのゆらぎの臨界・限界に達した姉弟が数百年に渡るそれぞれの苦難の道をあゆみ、再び調和と平和のゆらぎ値を村に取り戻す過程と言える。自然の力の不調和な誤用による化け物の創造は,ゆらぎでも自然でもなく,人工の不自然な自然の法則を離れた行為だと物語は教えている。


ゆらぎは確かに近年の科学世界に出た概念であるが,その意味は科学世界の中での探究から,大きく飛翔し、さらにごく最近のヒーリングの世界で癒しの一つの性質の表現としてよく使われている自然界の法則である。a波によるゆらぎとか、1/4のfのゆらぎなど、要するに,科学で公式化、方程式にできない自由性,あそびやあいまいさに近い,不確定性を指している言葉である。それがなければ人類の発生も進化も、宇宙の姿の様々な多様性もなかったと、宇宙物理学では言われている。そのような科学で発見され万物の背後に隠れている全てを生かす性質をしっかり題に持ってくる所に,作者の素晴らしい人間性と,作者の自然への真実な大切な意識と思いを感じた。

…これは男性に劣らないSF探究者で,しかも女性的な,自然のかけがえのなさや共生の概念を大切にした、女性ならではの生み出せた、みずみずしい感性の放たれた秀逸な、「自然と人の調和と進歩の方向」を問いかけた名作になるだろうか。
不朽の自然文明SF「風の谷のナウシカ」に惹かれ,かつ人間の生々しくおぞましい生体的な不自然描写の多少許容できる人であれば、お勧めしたい一作である。





  
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 現代アメリカの実力派作家・マイケル カニンガム
 による、ミリオンセラーになった文学史上の傑作
 『めぐりあう時間たち』(98,2002年映画化)
 (ピュリッツァ賞,ペン/フォークナー賞受賞)の
 次の、2006年発行された期待の新作。

 そのデザイナーによるピュアで神秘的なカバー
 と,題名に惹かれ手に取って,一通り読んだ。
 ダン・ブラウンの『天使と悪魔』エリエット・
 アベカシスの『クムラン』
以来半年ぶりの欧米
 文学作品の読破で,期待どおり独特の得るものが
 あったので、感想レビューいたします。

 
宇宙的なユニークな人々の日々!?

まず題名に関して…
私は,Specimenとは、邦題から見て,Space man -宇宙 人- の複数形だと最初思っていた(^^)
しかし実際は、Specimenは、標本や見本の意味で,Days と合わせて「標本(見本)の日々」となる。訳者(南条竹則)によると、これでは作品の雰囲気にそぐわないので、作者の憧れるホイットマンの「草の葉」の一説から思いつき、「星々の生まれるところ」という思い切った意訳にしたのだそうだ。
言葉の意味としては全然違っているが,あながち完全に的外れという感じはせず,作品の個性に合うロマン文学的ないい題を付けたものだと感心した。

−まさにこの物語の主人公一人一人の個性は,元々ユニークでオリジナリティに溢れているが,物語中の様々な事件をきっかけに、予想しない新たな行動・生き方へと変わってより個性の深化・ユニーク化してゆく様は,宇宙に新たな星々の生まれるイメージに重なり、似ているようにも感じた。理詰めや主人公の単純な出来事や考え方で、常識や規範の中で態度や生き方が変わるという単純なものではないところが。

また特色として,三編の連作の各主人公の発言には、作者が深く共感したアメリカの偉大なロマン派詩人ウォルト・ホイットマンの「草の葉」の言葉が引用されている。
小学校の先生に詩人の魂という共通点を見出され貸されて,または育ての親に引き取られ住んでいた部屋中に彼の詩が貼られていて,あるいは人工頭脳になにかの拍子に出てくるようにプログラムされていたり…と。
さらに、馬や白い鉢などといったモチーフも、各物語に登場し,何かを隠喩して物語に彩りを添えているところも、さりげなく幻想的でステキな試みだ。
では、各物語に触れてゆくとしよう。


「機械の中」は、近世ロマン派の香(かぐわ)しさ

「機械の中」は、この連作3物語世界でもっともロマン派的で,古典的な印象もあり、私の最も惹かれた作品になる。
19世紀半ばの産業成長時代のアメリカニューヨークでの、兄を工場の機械事故で失った家族 -障害を負った父や、立ち直れなくなった母- の、残された年端も行かないまだ十代前半の幼い少年主人公と、兄の婚約者だったお腹にその生命を宿した美しい若い女性の儚くも悲しく美しい人間愛の物語。

この年端もゆかない少年主人公は,子供の持つ純粋さを元々持っている朴訥さの中に特化して表すよう描かれており,そこに私は魂の涙を何度も感じた。

少年の起した悲劇の結末や、少女の勤めていた工場の災厄は,まるで中世の歴史書に記された絵物語を見つつ読んでいるような錯覚にさせられ,そこにロマン派の神の臨在をホイットマンの詩と共に作者が祈っているようにも見てとれた。
ロマン派文学や小説は,世界各国にあるが、私は特に近世のドイツやフランスの幻想的・夢想的な詩的作家の名作に20代の頃魂を振るわされた経験を持っている。
ドイツのノヴァーリスの「青い花」アイヒェンドルフ,フランスの「プロヴァンスの少女」のミストラルボードレールの天上への祈り「悪の華」など…。
それらの純朴な世界の素朴な登場人物に共通するカニンガムの物語の登場人物は,知らないうちに,永遠の天上の浪漫(ろまん)に通じる世界を主人公と共に,主人公の周囲に作り上げているのだ。純粋な魂の想起による行動や生き様の数々の失敗や間違い、そして人間の無力さの結果,開かれる悲劇という地上の結末は、天上の天使の涙を誘い、人間を一つの究極的な状態へと導き、そのステージが最後に開かれるのだ。地上の主人公の、かけがえのないピュアな魂と引き換えに,聖なる幻視を伴って。。。
−そこから一般の多くの人は,聖なるものとはどのようなものか を、学ぶ。それは、地上の判断基準の、正しさや聡明さ、正確さとは、全く違い異なっていることが多い。
イエス・キリストがもっと偉かったら,十字架にかからなかっただろう。それ以降の彼の弟子たちも。また自分をもっと労れば,多くの有能なこの世の人たちは,生きながら困難をかわし,病気や事故に遭わずに,意識がブレたりずれたり狂れたりせずに、安泰に地上の目的を達成できただろう。しかし人間には,地上のあらゆる障害を伴っても,行き着くべき手招きされる,ピュアな魂のみの見ることができる目的地というものがある。地上の成功計画や勘案を超えたところにあるそこに。神の愛すべき愚かさを持った子供の彼は、そこに,誘われたのである。
地上にはそのように,この世的には間違ったり失敗したと見られても仕方ない行動で,短い生命を天に捧げ全うしたピュアな魂が,人知れず天から生まれてすぐに帰ってしまう者達がいる。そのような魂は,なぜそのように生まれてくるのだろう。なんの得も,人から社会から見て幸福もないような人生に。しかしそれは、その魂と天の神(天使)との、約束なのである。私たちの知らない神の計画は,ピュアな魂の生き方を通じて,いろいろとあるようなのだ。
もしかしたら私もそのような魂に,かなり近いところを持っているのかもしれない。共鳴して涙が出て仕方がないのだ。

そう、思い出したが地上に竹宮恵子という漫画家がいる。
「エメレンティア」などの悲劇の少女や、悲劇の薄幸の少年を、一条の希望や光と共に数多く描いてきた、私の敬愛する漫画家だ。
この物語も彼女にマンガ化してもらえれば、その印象は画でより直接的に強烈に伝わるだろう。悲劇の魂の帯びた数々の行動は,とても魅力のある光を伴って。
ただ小説には活字の文章や表現の魅力はもちろん十分にあるのだが。
かつて竹宮漫画で見た悲劇の少年の魂の光が,なぜか想い起こされたのだ。


現代アメリカ国民の不安と模索

そして次に収められているのは、
「少年十字軍」。
なんとも仰々しい題だが,この主人公の男の子も,独特の魂の光を放っている。
この物語は,イカれた人たちからのため口や不審な犯行予告話を受ける部署に勤める女性黒人警察官と、ホイットマンと名乗る原理主義的な初老婦に引き取られ育てられた小学校低学年程度の児童との危険な接触の物語。
刑事やアクションものの映画やTVのようなスリルとサスペンスが味わえつつ、ドキドキしながら読み進められる。
その中で,現代アメリカの当たり前の街の姿や風景が,ヒロイン女性を通じて思索と共に透徹した視野によって、生き生きと観察されまるで映画のように描かれている。
しかし結末は,推理やサスペンスやアクションドラマ・小説でよくある定型的な形やパターンではなく,哲学的ロマン的小説ならではの結末。
−ここに新ミレニアム2000紀最初の数年を、かつてなかった大事件を受けて生きることになってしまった多くのアメリカ人たちの、未来の見えない不安をとても象徴しているように感じた。
彼女はどうして,そのような道を選んでしまったのだろう…。
やはり最後に残った少年と,国の決めた法律や一般的な倫理概念を超えた,なにかの共通点を見出したか,彼女の個人的な助けが必要と常識や行動規範以前のところでそのその判断をし納得してしまったのだろう。
その行く手は、混沌としていて,霧か靄のようで何も見えない。太陽に照らされた青空の下ではないが,さりとて絶望に支配された暗黒と闇ばかりの世界にも見えない。。。


生身の人よりgoodな、人造人間の生き様と決断

最後の三作目は,「美しさのような」
この好青年のような人造人間は,人工頭脳としての混乱や認識できないなどの描写はあるが,それでもとてもよくできた高度なAIをプログラミングされているのだろう、とても人間的にヒューマニスティックに描かれており好感が持てた。

この人造人間の主人公は,過去創られて間もない頃に人間社会側の事情によって不要となり、消される運命にあった。その後逃亡しなんとかうまく普通の人間として立ち回り,迫害から逃れて人間として暮らしてきた。
しかしある州で監視マシンに追われる身となり,彼を助けた蜥蜴型異星人女性と共に、車などを奪ってかつての合衆国を逃亡の旅に出るはめになる。行き先は、人造人間をもともと創った伝説のエンジニアのいる西の地。そこに行き一部の問題を直してもらいたいと考え、帰巣本能なのかわからないが,それから異星人女性との人間的な交流を通じた波瀾万丈の旅が始まる。

私はこの物語の根底には,人間や異星人はもちろん、機械も、いわんや人間に限りなく似せた人工頭脳(知能)も,すべては宇宙の原子でできており,創られ方の差はあっても,本質的な違いは何もないのだという考えが物語より強く訴求されてくるように感じた。
−それは、一つの大いなる宇宙哲学的な考え方である。
また最初の「機械の中」で、主人公に行動させる元となった機械が愛する人を奪おうとしている という一般から見れば妄想に過ぎない思いも,それがベースになって生まれたものだろう。事実か事実でないかは別にして。

そこには、機械だから,無機物だから,意識も知性もないのだから…なにをやってもいいんだよ,人間が不要になったらさっさと壊しても消しても何の問題もないのだ・・・という機械的合理主義への強烈なアンチテーゼがある。その物質的合理主義の対極にある,人間も機械も無機物も鉱物も,すべての存在物には意識が宿っていて,この大いなる宇宙において存在の価値は同等であり,決して人間が上でも支配者でもないのだ −という、宇宙的全一思想にかなり近いものがある。
だから、機械が壊れたら解体はするが,その全体にも,一つ一つの部品にも神の精・宇宙の精(別の言葉で理念)・原子は宿っていて,それは意識あるもので,物だから生き物でないからといって、粗末にぞんざいに扱ってはいけない ということにつながっているのだ。
−それらの存在物は、この宇宙において存在するそれぞれの役目や意味は全然異なっていようとも,この宇宙にその形(目に見えない物も)を持って存在する という一点において,そこには人間が上,機械や無機物や不可視の物が下 という、人間の作り上げた勝手で近視眼的な存在の根本的な価値の違いや重要性の違いはない と私は考えており,それは宇宙的な真理に繋がっていると感じている。
ホイットマンも、表現は異なれど,似たようなことを語っているだろう。


ホイットマンの、自然と宇宙への回帰

「一番小さな芽を見ても,死など本当に存在しないことがわかる」
「死ぬことは誰が考えたのとも違って,もっと幸運なことなのだ」は、
それを別の見地から表現した内容ではなかろうか。
死んだらその人間は、後に残された人間の想いや社会の業績のみになってしまって、その人間そのものはこの世から分解して消え存在しなくなるので、いかなる人間も本人の死そのものが不幸だ と多くの人間は思い込まされている。
しかし、肉体を構成している物質分子はすべて元素に還元されても,心・意識・魂は目に見えなくとも生き通しの物であると,古今東西の唯物論に侵された現世利益のみの教え以外は説き語っている。
それは後に残された人間の悲しみを軽くするためではなく、宇宙では当たり前の真理なのだ。
よってホイットマンは宇宙の真理に合致するそれを、なんらかの認識か思想によって,気付いていたのだ。
悪いことをしたり,悪い心を多く持っていなければ,人間は死んで天国と言われる霊的世界に魂・意識・心は行くのだから,死があなたの心もなくしてしまうわけではないのだ。唯物論者たちは,こんなはずではなかった・・・・と、死後も唯物的な間違った心を持ち続けて苦しんでいる。唯物論自体が宇宙では存在しない,人間の迷妄・無知であるがゆえの錯誤でしかないから。

結局主人公の人間に近い心を持った人造人間は,創り主のエンジニアの方ではなく、異星から地球社会に流された宇宙人女性と地球に残り,彼女が間もなく寿命が尽きた後、地球で新たな地平を目指すことになる。
そこには、「少年十字軍」の黒人女性程ではないが,やはり人間社会に疎外され不要とされた存在の悲しみと無常感が漂う。
ただ、社会が彼を受け取れるだけのキャパシティに広がってほしいと願うだけだ。

        ◇        ◆        ◇

出版社の説明では「人間と地球の運命を描く壮大な詩的ファンタジー。過去・現在・未来の三つの時代をアメリカの不滅の大詩人ホイットマンの詩にのせて美しくも哀しくうたいあげ、われわれの未来を描いて戦慄する。」
とあるが、現代のロマン主義作家は,過去のロマン主義の悲劇の魂の光をオブラートにして包んで,未来の世界あるいは現代や少し前の世界に運び、そこでまた様々な印象的なステージで新たな魂の光を描き、それを通じて人間と地球の運命をロマン的に問うているのだろう。
落ち着いたら再読、再々読して,彼らピュアな魂の軌跡を、私の魂に忘れないように明確に刻み付けたい。
…そこには人間にとって,けして忘れてはならない大切なものが、ロマンの光のオブラートで包み込められて存在している。




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